【ぶらり大須商店街】大須は進化していた【#1】

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今回久しぶりに大須商店街に行ってみた。

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大須は進化していた!

愛知の人は大須のイメージをどうおもっているのだろうか?

世代によって色々かわりそうだ。

私の大須のイメージはズバリさびれた街

これです。私は行っていたころはパソコンショップがやたらある、それこそ電脳街だった。

アキバの10分の1ぐらいのイメージだろうか?でもその傍らで廃業された店舗も多かった。

やっているかやっていないのかがわからないのだ。本当にそんなイメージだった。でもそこで私は小学生のときに衝撃の出会いをしているのだ。

『スーパーマリオブラザーズ』

小学4年生ぐらいだっただろうか?ファミコンが大ブームになり、スーパーマリオに子供の心は完全に奪われた。凄いゲームだった。

それが大須のイメージ。そして何故か『たこ焼き』がお昼と決まっていた。不思議なところだった。

今は『若者の街、サブカルの街、大須』

実は大須観音に行ったのは記憶に無い。大須観音を目的地として今回、初めて行った(そんなにたいしたことでもないのだか)

でも中々、立派だった。日本人だと思う非常に落ち着く。

そして何故だか今回から、このような感じで大須商店街をフューチャーしていきたい。そう思う。

まず地下鉄で『大須観音駅』まで行く。ホントは自転車で行きたいが5才児の子供と行くとなると当然無理。

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なので地下鉄。でも地下鉄で『大須観音駅』で降りることがあっただろうか?

これが大須観音の説明・・・

大須観音は、愛知県名古屋市中区大須にある真言宗智山派別格本山本尊聖観音。寺号は詳しくは「北野山真福寺宝生院」と称し、宗教法人としての公称は「宝生院」だが、一般には大須観音の名で知られる。日本三大観音の1つとも言われる観音霊場である。なごや七福神の一である布袋像を安置する。寺内に、『古事記』の最古写本をはじめとする貴重書を多数蔵する「真福寺文庫」がある。建久年間1190年代)、尾張国中島郡長庄大須に中島観音が発祥する[1]元亨4年(1324年)に後醍醐天皇大須郷(現岐阜県羽島市桑原町大須)に北野天満宮を創建。元弘3年(1333年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が当寺の始まりである。その後、慶長17年(1612年)に徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正茂によって現在地に移転する。 明治25年(1892年3月21日には、境内にあった宝生座(芝居小屋)裏手からの出火(大須の大火)により本堂五重塔仁王門を焼失[2]第二次世界大戦名古屋大空襲による2度目の焼失後、昭和45年(1970年)に本堂を再建し、現在に至る。大須の地名はこの大須観音の門前町が発祥の地である。

だいたい大須観音をしっかり調べたことなんか無い。当たり前だ。でもなんだか今回久しぶりに行って楽しかった。これから色々大須を取上げて行きたいと思う。

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これさえあればククク

ここまで28分

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